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2006.06.14 Wed
限界を超える快楽
いやーー、久々に限界を超えた感じでしたー。 っていうよりも、超えさせられたんですけどね。


『自分の限界について論ずるとき、それがあなたの限界となる』 リチャード・バック

『自分の限界とは、思い込みのことであり、それを超える体験こそが快楽である』 たかぼうず


昨日のテニスはハードでしたねー。 走りまわされたんですよ(笑)。 それにボールが帰ってくるんです(いや、あたりまえなんですが、笑)。

上手い人と練習をすると、こうも違うもんですね。 まず、KJMさんとのラリーやボレーストロークで汗だくになった。 この時点で、「俺は今日はもう十分やった」と勝手に思いましたね。 技術的にも、少し掴めたことがありましたしね。

しかし、このあとN2村氏の地獄の球出しが待っていようとは誰が想像したでしょうか(笑)。 センターの浮き玉を、サービスラインから飛び出して、なるべく高い打点で捕らえ、逆クロスに沈める。 3人で順番に打っていくのだが、ほとんど実験用ネズミのようにグルグルと走り続けながら打っていく。 止まる時間や、休む時間はありません(笑)。 たぶん、試合になったら反射的に足が出て打てちゃうようになるんでしょうねー(笑)。

そしてとどめは、ストローク vs N2村ボレー。 これが、1球目は打てても、帰って来た球が返せなかった(苦笑)。 準備が出来てなくて、振り遅れたり、タイミングあわなかったんでしょうね。 課題だった「前へ出るか後ろで待つか」も明確に出来ませんでしたね。 出来ていないことを自覚している点は素晴らしいんですけどね(笑)。 先日の同じ練習では、かなり返せてラリーも続いたわけですから、昨日のは「実験用ネズミ的練習」でバテちゃったんでしょうね。 いやーしかし、玉が帰って来るというのは練習になりますねー。 その上、気が利く人だから、適度に弱点を突いて来たりもするので、さらに練習になりますねー。

 物事を上達するのって、自分の許容範囲の少し外側をすることで出来ると思うんですが、自分でそれを設定する時と、外からそれがやってくる時がありますね。 自分で設定する時は、ここを強化したいから、こういうことをやってやろうって思っているわけです。 テニスのバックハンドを強化したいからバックばかりで打ってやろうとかね。 しかし、外からやってくる場合にはほとんど天災みたいなもので、想定外だから苦しい面もある。 ある程度の苦しさって快楽ですね。 少なくとも僕にはマゾっ気がありますしねえ。 そういう時に、想定外に能力が引き出されたりもする。 自分でそういう局面を選んで行っている部分もあるんですけどね。 外から来たほうが、限界を超えたーって気がしますねー。


 さて、この体験を、ちょっと強引に科学に置き換えてみます。 科学も、ある意味、上級者もしくはセンスのあるヒトと一緒にやったほうがいいと言える部分があるんでしょうね。 アイデアとか、ひらめきとか、まともな意見とか面白い意見を交換したいですしね。 もちろん、頭の固い専門家よりも、頭の柔らかい素人とか、他の分野の達人のほうが、いい話相手になることも多いんですよねー。 しかし、まったく話が通じない、噛みあわないというのも困りますねー。

 そういえば、かなり前にHitkotさんとチャットした時に、「将棋が上達するためには、力量の近いライバルと切磋琢磨するのがいい」という話題がありました。 力量があまりにも違えば、お互いに実のある対戦にならないという話ですね。 しかも将棋の場合は、ただ対戦をするだけではなくて、対戦後に議論(感想戦)をすることで、その対戦が実り多いものになることが多いということでした。

 うちの教授は酒が入るとよく、「馬は何頭か並べて走らせることで、最高記録が出る。」(彼は競馬好きなのです。)と言いますね。 これに対して私は、「そんなのは競争の基準が一つだけだから、自分にはあてはまらんわ、ふん」とたかをくくってきました。 それに競争になると、ヒトの足を引っ張るやつがおるというのも嫌ですねー。 引っ張るつもりがなくても、引っ張ってしまっているということもあるんでしょうけどね。 ヒトに迷惑をかけたくは無いけれども、

『生きていくということは、ヒトに迷惑をかけるということだ』

みたいなところはありますよね。 そう考えると、競争原理が働くのは世の常かもしれませんねー。 基本的には、自分のことを競争を好まない人間と思っているんですが、そうもいかない場面も出てくるかもしれませんね。

 テニスも将棋も科学も、それが快楽なんだったら、初心者と練習したり教えることには意味があるでしょうね。 実際に、僕は教わることで上達するという恩恵を受けているわけだし、逆にヒトに何かを教える喜びを味わったこともありますけ。 けれども、教えた経験が半端に少ないせいか、教えることに向かない性格のせいか、ヒトに教えるのはしんどいなーと思うこともありましたね。 気楽なスタンスならいいんでしょうけど、相手に勝手に成長を求めたり、自分の利益を求めると、思い通りにならなくてしんどかったんでしょうねー。 逆に、自分より上級者と関わって向上したいという気持ちは強いですけどね。 


『競走馬は走ることしか出来ないが、人間はコミュニケーションから何かを生み出せる。』 

 というのをつくってみましたが、どうでしょう。 逆に、孤独が創造に繋がった例も多いみたいです。

『会話は知識を高めるが、孤独は天才を育てる。』 エドワード・ギボン(イギリスの歴史家)


 科学の領域で、私があまり議論をしなくなってしまっているのは、自分の科学力がある程度上がってしまって、周りの環境に対して物足りなく思っているからでしょうか。 長く同じ環境にいるからでしょうか。 環境を変えたほうがいいのでしょうか。 それとも自分が変わるべきなんでしょうか。 実験で結果を出したり、作品(論文)を世に出すことをしなければ、単なる「仮想的有能感」になってしまうんでしょうけどね(苦笑)。


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テニスの話 「ポーチのコツ」

?読み、駆け引き、誘い
?やや離れたボレーは、まず足をしっかり出してボールを捕らえる(基本中の基本)。 どれだけ足が出るかが最初の勝負。 脇を適度にあけ、手首の角度は保つ。
?さらに、かなり離れたボールには、+αとして腕を伸ばしたりラケットを伸ばして(手首の角度を解いて)捕らえるってのがありかもしれない。
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少しは、科学に貪欲になる兆しが出てきました。
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思索・対話・日記    Comment(4)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
Posted by fukumori
テニス頑張ってますね。天才ですね。

たか坊に一言。ポーチに拘わらずどんなショットも体が窮屈になる表現は
しんどいですよ(握るとかも)。。。だから適度に脇をあけてね。
意味はいっしょやけどね (笑)                                     F森コーチより
2006.06.14 Wed 19:38 URL [ Edit ]
こんばんは。 Posted by ilios
なんだか格言が目白押しですね(笑)。

フリークライミングでも、実力差がありすぎると上手くいきません。一つの動作をとっても、出来る人は当たり前にできて、出来ない人には全くできないということが多くて、感覚の差みたいなものが顕著なスポーツです。

いつも、低め低めに限界を設定しています(苦笑)。本当に限界なときは、限界を感じる余裕も無いのかもしれませんね。
2006.06.14 Wed 22:12 URL [ Edit ]
感覚を言葉で表現するのって Posted by たかぼうず
fukumoriコーチ、おひさしぶりです。

なるほど、自分でやってみると、「脇を軽く締めて」と意識すると、肩のあたりに力が入って「窮屈」でした。 「脇を軽くあけて」と意識すると、力が抜けた感じでよかったです。 なので、本文も修正しました。

感覚を言葉で表現するのは難しいですね。 今後とも、ご指摘お願いします^^
2006.06.15 Thu 18:13 URL [ Edit ]
限界論 Posted by たかぼうず
いりおす君、まいど。

えー、宗教の話題の延長なのかもしれませんが、なんだか「格言」にはまってます。 今までの私の傾向からして、この「格言ブーム」はしばらく続きそうです(笑)

どんなことでも、あまり決めつけずに、いろいろなヒトとやってみるのがいいかもしれませんね。 相手を選んだり、選ばれたり、偶然にまかせたり。

『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。』 孫子の兵法 
『知彼知己、百戦不殆。』

敵とは、なにも倒す相手に限らず、なにを当てはめたっていいと思いますね。 他人のことをよく観れば、自分のことが分かったりもします。 自分のことしか観えないというのは不幸なんでしょうね。


>いつも、低め低めに限界を設定しています(苦笑)。

少しずつでも着実に進歩するためには、低め低めの限界の設定を一つずつクリアしていくのがいいんでしょうねー。


>本当に限界なときは、限界を感じる余裕も無いのかもしれませんね。

「限界を感じる」ことって大事だと思います。 「今の自分には無理だな。」とか「今の自分ではここまでだな。」とかね。 じゃあ、別のアプローチをしようとか、別のことをしてみようとか、休もうとか、ヒトに聞こうとか、ヒトと話そうとか、本を読もうとか、音楽を聴こうとか、旅に出ようとか、ヒトによっていろいろあると思います。

そういえば、最近の若い人(26歳以下くらいかな?)が、ちょっとしたことで、すぐに「もう、限界です。。」とか「ムリ、ムリ。」とか言うのはなんでなんでしょうね。

本人がどこでどう「限界」を感じたか、感じていないか知りませんが、街なかで車やバイクで意図的に「騒音」を立てるとか、みんなが仕事をしているオフィスでバカでかい声でしゃべり続けるとか、そういうことはやめてほしいですね。 こっちがもう限界です(怒)。

まあ、息抜き、気分転換、観点を変えることなどが出来ずに、一つのこと(仕事とか)に執着しすぎた時に、気づかない「限界」がやって来るんだと思います。 

それは、ヒトを「病気」にするでしょうし、もしかすると「事件」、「死」や「殺人」に繋がるかもしれません。 「病気」というのは幅が広いですから、「限界」のサインであったり、ある意味「限界越え」なのかもしれません。 「死」は「個人の限界」を示すのでしょうし、「殺人」は同時に「社会的な限界」も超えているんでしょうね。
2006.06.15 Thu 18:18 URL [ Edit ]

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