旅日記 | メモ | お話 | 読書・思想 | テニスノート | 思索・対話・日記 | 漫画 | 映画 | ネット麻雀 | お知らせ | グルメ | 天然話 (^ー^;) | リンク | 頭痛日記 | プロフィール | イベント | 日程 | お仕事 | 
Search Web or Takabowz

Google
Web Takabowz

Link
Access Counter
Recent Coments
Recent Trackbacks
Dictionary 辞書

goo 辞書


RSS Field
フリースタイル ?ある研究者の休息時間?
≪2017.09  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  2017.11≫
Calendar
09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
Profile

bowz

Author:bowz

QR code
QRコード
takabowz.blog66.fc2.com
Mail Form

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム
Recent Entries
--.--.-- --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告    Top↑

2006.06.22 Thu
ヒトはなぜ騒ぐのか
マイブーム
『まずしなければならないことから手を付け、後回しにできるものは最後にする。』
タルムードより



ついに研究室内で、昼間からTVかビデオでお笑い番組を見る輩が現れた。 その音もうるさければ、彼らの笑い声もうるさい。 集中の妨げだ。 彼らの気持ちを想像してみても、こうするだけの妥当性は見当たらない。 耐えかねて、

「ちょっと、ウルサイわ。 よそでやって。」

冷たく言った。 目は合わせている。 いささかの勇気はいった。 そう言うことで、自分の気持ちには張りが出た。


オフィスでやたらと大声で騒ぐ輩は、どうしたらいいのだろう。 そうするだけの欲求があるのだと思う。 しかし、これも僕からすれば集中の妨げだ。 僕と少しだけコミュニケーションがあれば、静まったりもする。

暴走族は、なぜうるさいのだろうか。 なぜいなくならないのか。 カフェでリラックスした時間を過ごす私にとっては、邪魔でしょうがない。
スポンサーサイト

思索・対話・日記    Comment(4)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
ざわざわ。 Posted by ilios
騒いでる人は、自分の騒がしさを自覚できていない場合が多いように思います。視野狭窄、みたいな。こちらから指摘する以外にはどうしようも無いと思ってます。

暴走族の場合は、騒がしいのが一つのアイデンティティみたいに思ってる節がありますね。暴走族の知り合いはいないので、あくまで想像ですが。彼らも、もともとは文字通り暴走するのが主目的だったんでしょうけど…。
2006.06.24 Sat 00:06 URL [ Edit ]
Posted by M
なにか、『うるさい日本の私』の中島義道を思い出しました。
「優しさ」の押し付け、暴走族の場合は「優しさ」の希求と拒絶かと思います。
田舎ではたったひとりではしる暴走族もいます。「下妻物語」では、社会への疎外感から成り立った暴走族から疎外されることによって、たったひとりの暴走族が生まれました。

暴走は、手段です。自己主張がないときの自己主張かとも思われます。
2006.06.24 Sat 23:38 URL [ Edit ]
いりおす君、Mさん、コメントありがとう。 Posted by たかぼうず
騒がしいヒト(達)、うるさいヒト(達)に指摘できる時は、したほうがよさそうですね。 さもないと「物言わぬ日本人」になり下がってしまいかねません。 こういうことを書いたり言ったりすることが、案外効果的なのかも。

>暴走族は、騒がしいのがアイデンティティー
>暴走族にとっての暴走は、自己主張がないときの自己主張
そうなんでしょうねえ。 人知れず暴走しても意味がないんだろうなあ。

中島義道の「うるさい日本の私」を読んでみたくなった。

「うるさい日本の私」 中島義道 まえがき
http://www.angelfire.com/d20/japanese/shanac/urusai.htm
>マジョリティはワッハッハッとあるいはニヤニヤと笑って、彼らのまなざしを手で遮り彼らの苦しみを切り捨ててしまうのだ。
>現代日本のように、表面的な平等化が進み、飢えも暴動も戦争もないところでは、みんな「小さな差異」に敏感になり、「正常値のうちの下限にいる人々」は、ますます救われない。これは、ほんとうにたいへんなことである。

「うるさい日本の私」 中島義道 書評
http://c-10.rwut.com/post_11.html

中島義道
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E7%BE%A9%E9%81%93

お気に入りのカフェやレストランにうるさいヒト(達)がいるときは、最悪。 我慢するか、気づかせようとするか、そそくさと飲食を終え別の場所を探す。 よほどのことなら注意する。 注意する閾値を下げるべきか。 棲み分け、隠れ家探しも大事か。


(「うるせーーーんだよ!」っていうコメントタイトル外しました。 特に意味はなかったんだけど、誤解を招きそうなので^^;)
2006.06.26 Mon 16:20 URL [ Edit ]
Posted by Mark
『みえない自由がほしくてーー

みえない銃をうちまくるーー

ほんとうのこえをきかせておくれよーー』

(The Blue Hearts 「Train Train」より)



目が見えないよりも心が見えないほうが恐ろしい。

豚は食べ過ぎる。 苦しんでいる人間は話しすぎる。

最も大切なことは研究ではなく、実行である。

(タルムードより)
2006.06.26 Mon 17:46 URL [ Edit ]

管理者にだけ表示を許可する

Top↑

TrackBack
TrackBackURL
http://takabowz.blog66.fc2.com/tb.php/72-81f269ea

Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。